自己紹介

私はごく一般的なサラリーマンの家庭に生まれました。

父が33歳、母が29歳の時の子どもです。

 

典型的な長女気質で、おっとり、ぼんやりな性格でしたが、当時流行していた幼児番組『ピンポンパン』の時間だけ、人が変わったように、音楽に合わせて歌ったり踊ったりしていたそうです。

 

11月生まれで体も小さいままでしたが、数えの4歳・・つまり3歳4ヶ月になると仏教系の幼稚園へ入園するのですが、その頃、ちょうど妹が生まれたため、両親は私の入園日をすっかり忘れていたそうです(笑)

 

内向的だったため、登園ではいつも泣いていて、食も細く、お弁当を食べるのも一苦労でした。(これはよく覚えています。この時お世話になった先生とは、今でも繋がっています。大好きな先生です!)

 

その頃、叔父が電子オルガンをどこかからもらってきていました。

遠洋漁業で海外を渡り歩いていた叔父には、多くの交流があったのでしょう。

 

私は幼稚園から帰宅すると、まず最初に生まれたばかりの大好きな妹を見に行って、ひとしきり眺めて満足し、そのあとは夕食の時間まで自己流でオルガンを弾いて遊んでいました。

 

そんなある時、幼稚園の放課後開放で、KAWAI楽器がオルガン&ピアノ教室を行っていることを知ります。

 

音楽が大好きだった私は、幼稚園から帰宅してすぐに「お母さん、ちょっと幼稚園まで来て、ねえ来て!!!」といって母を連れ出し、オルガンのグループレッスンを見せました。母は、いつもぼんやりしている私がここまで熱望するなら、ということで、すぐに習わせてくれることになりました。

 

これが私のピアノへの道の第一歩でした。

 

その頃のKAWAIでは、幼稚園へ通う3年間は、オルガンのグループレッスンを受けるシステムになっていて、小学校に上がる時になってはじめて個人レッスンでエレクトーンかピアノかを選択します。私は迷わずピアノを選択し、ピアノのレッスンは地元の短大を卒業したばかりの若い先生に習い始めました。そして夏休みにアップライトピアノを買ってもらいました!

 

 

小学3年生頃まではずっとKAWAIで習っていましたが、先生が結婚をしてご自宅で個人レッスンをするということになり、私も先生についてKAWAIをやめました。KAWAIではずっとアップライトピアノのレッスンでしたが、先生のご自宅で初めてグランドピアノを弾いて、あまりの違いにびっくりします。何しろ鍵盤が重い!

 

そんな私を見て、母は父を説得してグランドピアノを買ってくれました。小学4年生の時です。

 

これで道具は揃いました。

 

でもレッスンは、今思うと全く「良い」と言えるレッスンではありませんでした。

 

先生はちっとも弾いてくれないし、

赤ちゃんにおっぱいを飲ませながらレッスンするし、

去年産休したかと思ったらまたすぐ産休・・・

 

当時使っていた楽譜を見ると、アドバイスは何一つ書き込まれていません。

間違える音符を、赤か青で囲むだけです。

 

私は幼稚園の頃から「ピアノの先生になりたい」という夢を持っていたので、幼心にもこのままじゃ駄目だ、と思うようになっていました。

 

そんな折、私のピアノを応援してくださるご近所の方から、「いい先生を知っているから、紹介しましょうか」とお声をかけていただきます。

中学1年生の時です。

 

ここから、真の意味での、私の音大への道が開けてきます。



中学1年の1月、いよいよ新しい先生のもとを母と一緒に訪ねます。

先生は多くの音大生を育てられ、コンクールの審査でも拝見したことのある先生でした。

そのとき、口から心臓が飛び出ちゃうのではないか、と思うほどに緊張したのを今でも覚えています

 

その頃の私は、自分が全く弾けないのもよくわかっていましたが、でもどうやったら脱力して弾けるのかもわからなかったし、そもそも練習のやり方すら、わかりませんでした。それほど、悲惨な状態にあったのです。

 

先生は、私がチェルニー40番を弾いたのを聞かれるやいなや、「本当は30番からやり直したいくらいだけど、、、でも100歩譲って、、、40番を1番からもう一度やり直させて」とおっしゃり、それから私に足りない技術を補うテクニックの本をたくさん紹介してくださいました。

 

そして音大受験をするなら、ソルフェージュと聴音も今すぐ始めなさい、と、専門の先生をご紹介くださいました。

 

そこから、特訓が始まります。

 

何しろ基礎が全くなっていないのです。

 

指はバタバタ、体はガチガチ、姿勢は悪く常に前かがみ。

 

一言で音大といってもランクは様々ですが、私の第一志望の武蔵野音楽大学は、その当時の私にとっては難関でした。田舎暮らしなので、「東京」というだけでも、高い山がそびえているようでした。

 

とにかく高3の夏に受験曲が発表される日まで、できるだけ多くの曲をこなして経験を積んでいないと、今のままではかすりもしない、という実力でした。

 

中・高時代は週に1回のピアノのレッスンに加え、ソルフェージュ&聴音のレッスン。プラス日々の学校の宿題に追われる日々を送ります。


中学時代は、学校とピアノの両立をしながら、第一志望の県立高校に入学しました。

ですが、電車通学なので行き帰りが大変。

 

レッスンがある日は、重いカバンと楽譜と一緒に持っての登下校です。今、あの頃と同じことはもう出来ません!(苦笑)

 

先生が変わってからの六年間、どんな曲を勉強したか、思いつく限り書いてみます。

 

【テクニック】

  • ピアノの練習ラジリティ
  • チェルニー 40番、50番
  • クラーマー=ビューロー 60の練習曲
  • モシュコフスキー 15の練習曲
  • モシュレス 24の練習曲
  • ショパンのエチュード 5〜6曲

【曲】

  • バッハ イタリア協奏曲1・3楽章、フランス組曲全曲、平均律
  • モーツァルトのソナタ 5番、12番、13番、16番
  • ベートーヴェンのソナタ 4番、5番、8番、11番
  • ショパンのワルツやノクターン
  • ブラームス ラプソディ2番、ワルツ集
  • シューマン ソナタ2番1・4楽章
  • リスト 愛の夢第3番
  • メンデルスゾーン 舞踏への招待、無言歌集

など。

 

 

音大には夏と冬に講習会があって、

その期間は音大の先生から直接レッスンを受講できます。

 

私は高二の夏と、高三の夏と冬に参加をしました。

高三の時には、もし音大に入れたら、絶対に習いたい!!と思える先生と運命的な出会いをすることができました。

 

地元でのソルフェージュ(聴音や視唱)の先生は、めっちゃくちゃ恐ろしくて(!!)、レッスンの日は、いつもお腹を下すほどでした。でもその先生のおかげで鍛えられて、受験講習会ではあまり問題も起きなかったように思います。

 

大学入試では

  • バッハ 平均律 BWV 866のフーガ(全員共通)
  • ショパンエチュード 作品25-10(選択)
  • ベートーヴェン ソナタ「ワルトシュタイン」(選択) 

を弾きました。

 

合格発表の日は、卒業式の前の日だったのですが

新幹線で日帰りをすることに決めました。

掲示板に張り出された紙に、自分の名前を見たときは、本当にうれしかったです!

 

実は、高三の時の担任の先生のお嬢様が武蔵野音楽大学のご出身だったのでしたー!

担任の先生も、とっても喜んでくださいました。

 

 

 

 

大学〜現在へ続く